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山田温泉YHの思い出
北海道・然別湖の北湖畔に今は無い山田温泉YH湖月園はありました。昭和49年ここで過ごした時間が私の人生を変え、沢山の友達を得ました。私の中で輝いているあの頃を懐かしく思い、このブログで思い出を共有できる人がいればいいと思っています。
プロフィール

わらじ

Author:わらじ
旅に出よう。
テントとシュラフの入ったザックを背負って
ポケットには一箱の煙草と笛を持ち
旅に出よう。
・・・・・・
歳のせいか、昔を懐かしく思う時が増え。
これから先の人生より、振り返った過去の方が長くなり、
『未だ人生を語らず』、と言って憚らなかったあの頃が少し気恥ずかしく思われます。

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昭和49年の夏
上野発の夜行列車、八甲田に乗って一晩揺られ、青森から青函連絡船で函館へ
そこから、一晩夜行で札幌へ、周遊券を使っての旅があの頃の旅行でした。
周遊券が切れると、移動はもっぱら、ヒッチハイクでした。
あの頃の、北海道の人はおおらかで、快く私たちを乗せてくれたものです。
時には、食事をご馳走してくれたり、一晩泊めていただいたこともありました。
今では、思いもよらないことです。
そんな旅を続けて昭和49年の6月にドラさんに誘われて山田YHに行きました。
ヘルパーと云えば聞こえはいいですが、ようは居候です。
給料が出るわけではなく、寝る所と食事が付いているだけです。
ユースが忙しくなってくるのは、7月に入ってからで、それまでは、湖月園の修理やら、
営林署の下請け仕事などに駆り出され、土方仕事に精を出していました。
7月になると前年居たヘルパーがぼちぼちやってきて、にぎやかになって楽しい毎日でした。
7月半ばも過ぎ、学生が休みに入る頃からホステラーが、押し寄せる様にやって来ました。
8月になると、毎日お祭りのような有様で、よく素人の私たちに捌けたなと思うほど、
ホステラーであふれかえっていました。
落ち着いてきたのは、9月頃だったと思います。
はっきり覚えてはいませんが閉所が9月の終わり、10月には入っていなかったと思います。
でも、閉所式の次の日は、朝から雪で隙間だらけの部屋には雪が吹き込んでいて、
寝ている枕元に雪が積もっていて大変なことになっていたのは忘れられない思い出です。
そんな施設でよくYHが営業できたものです。
bu-1.jpg
湖月園のオープンに向けて建物の修繕中の風景



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