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山田温泉YHの思い出
北海道・然別湖の北湖畔に今は無い山田温泉YH湖月園はありました。昭和49年ここで過ごした時間が私の人生を変え、沢山の友達を得ました。私の中で輝いているあの頃を懐かしく思い、このブログで思い出を共有できる人がいればいいと思っています。
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わらじ

Author:わらじ
旅に出よう。
テントとシュラフの入ったザックを背負って
ポケットには一箱の煙草と笛を持ち
旅に出よう。
・・・・・・
歳のせいか、昔を懐かしく思う時が増え。
これから先の人生より、振り返った過去の方が長くなり、
『未だ人生を語らず』、と言って憚らなかったあの頃が少し気恥ずかしく思われます。

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ペアレントのアキオチャン
ユース・ホステルにはペアレントなる責任者がいるのですが、山田温泉YHではアキオちゃんなる人物がペアレントさんです。YHの経営はその名の通り山田温泉旅館なのですが、旅館とYHはかなり離れているので、まったく別物と云ってもいい状態でした。ペアレントは夕方ちょっと顔を出すていどで、YHに常駐しているのは我々居候のヘルパーだけで日々の運営も私たちに任されていたようなものです。とは云うものの実際には食事の人数やら金銭管理その他必要事項は毎日旅館のほうにお伺いを立てていましたので、その都度運営状況は報告されていたと思います。でも今考えると、誰がその役をしていたのか判りません。何故かというとヘルパーの中に責任者もしくは報告義務のある人物がいなかったからです。49年度の初めには前年度からの流れで、酋長さんがいたのですが、都合で抜けてからは中心的な人はおらず、私の知るかぎりユースの従業員として旅館に雇われたのは丁稚さんだけで、他のヘルパーはいつのまにか居ついてしまった人ばかり、まあ前年度居たヘルパーはそれなりに旅館側には認知されていたと思いますが、私から見ればふらっとやって来てそのまま居ついたとしか思えませんでした。私自身も、ドラさんに誘われて入ったのですが雇われた認識はありません。
本来ならばペアレントさんが総べてを管理し、そう云った仕事をすると思いますが。山田のペアレントはさて、何をしていたのでしょうか。体格も人柄も、大らかな人でしたが、私たちと話している時などは、つまらないギャグを言ったり冗談ばかり言っているような、つかみどこらのない人でしたが。やっていることは、営林署の下請け仕事をして、時々『お前たち、ちょっと手伝え』と言って私たちを土方仕事に刈りだしたりするところは、まるで手配師のような人でもありました。とてもペアレントとは思えませんよね。
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テーマ:北海道旅行 - ジャンル:旅行

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